夜の音に耳をすませると、心の奥がゆっくり動き出す

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夜になると、世界は急に広くなります。

昼間は気づかなかった空間の奥行きが、
ゆっくりと姿をあらわしてきます。

音が減り、光が減り、
動いていたものが、次々と止まっていきます。

その静けさの中で、
ようやく聞こえてくるものがあります。

それは、とても小さな音です。

窓の外を通り抜ける風の音。
遠くでかすかに鳴る車の走行音。
家のどこかで鳴る、わずかなきしみ。

昼間なら気にも留めないような音たちが、
夜になると、急に輪郭を持ちはじめます。

耳をすませていると、
その音たちが、心の奥にやさしく触れてきます。

人は、静けさの中でしか、
自分の内側に気づけないのかもしれません。

昼間は、外に向ける力が強すぎて、
内側の動きに気づく余白がありません。

やること、考えること、反応すること。
意識はいつも外に向いています。

けれど夜は、外の動きが止まるぶん、
内側の動きが、ゆっくりと浮かび上がってきます。

それは、言葉になる前の感情です。

悲しみとも、寂しさとも、疲れとも言い切れない、
曖昧で、やわらかい揺らぎ。

夜の音に耳をすませていると、
その揺らぎが、少しずつ形を持ちはじめます。

無理に考えなくても、
無理に思い出さなくても、
ただ音を聞いているだけで、心が動き出します。

風が通り抜ける気配は、
胸の奥を、静かに通り抜けていきます。

その感覚は、なぜか安心を連れてきます。

何かがよくなったわけではないのに、
ただ、少しだけ力が抜ける。

夜の空気は、昼間よりもやわらかく感じられます。

温度が下がり、光が減ることで、
身体の緊張も、自然とほどけていきます。

その身体のゆるみといっしょに、
心の緊張も、ゆっくりとほどけていきます。

夜の音は、何も求めてきません。

返事も、理解も、意味も必要ありません。

ただ、そこにあるだけ。

その「ただある」という在り方が、
心にとっては、とてもやさしいのです。

人は、知らないうちに、
いつも何かに応えようとしています。

誰かの言葉に反応し、
何かの情報に対応し、
気づかないうちに、ずっと緊張を続けています。

夜の音は、その緊張から解放してくれます。

応えなくていい時間。

何もしなくていい時間。

ただ、耳をすませているだけの時間。

その時間の中で、
心の奥にあったものが、ゆっくりと浮かび上がってきます。

思い出すわけではありません。

感じる、というほうが近いかもしれません。

胸のあたりに、かすかな揺らぎが生まれ、
それが少しずつ広がっていきます。

それは、心が自分のリズムに戻ろうとする動きです。

昼間の速さから、
夜のゆっくりとした速さへ。

その切り替わりの中で、
心はようやく休み始めます。

夜の音は、心を整えません。

整えようとしないからこそ、
自然に整っていくのかもしれません。

しばらく耳をすませていると、
考えていたことが、どうでもよくなってきます。

解決しようとしていたことも、
いったん遠くに置いておけるようになります。

それは、あきらめではなく、
夜のリズムに心がなじんできた証です。

夜は、急がなくていい時間です。

急がない時間の中でしか、
心は本来の動きを取り戻せないのかもしれません。

もし今、心のどこかが重たく感じられたら、
何かをしようとする前に、
夜の音に耳をすませてみてください。

風の気配。
遠くの小さな音。
静かな空気の流れ。

それらが、言葉にならない感情を、
そっとほどいてくれます。

気づいたとき、
心は、少しだけ軽くなっています。

何かを変えたからではなく、
何も変えなかったから。

夜は今日も、静かに広がっています。

その中で、心はゆっくりと、
本来の場所へ戻っていきます。