言葉を整え始めると、不思議な変化が起こります。
世界が、ほんの少しやわらかく見えてくるのです。
大きな奇跡ではなくても、朝の光、温かいお茶、誰かのやさしい言葉。絶望の中では見えなかった小さな恵みに気づくとき、心は確かに回復しています。
感謝とは、無理に「ありがとう」と言うことではありません。
すでに在るものに気づくこと。
豊かさは、外側から与えられるものではなく、内側から目を開くことで見えるものなのかもしれません。

小さな幸せに気づくスピリチュアル習慣
「ありがとう」を5000回唱える——最初はただの作業のように思えました。意味もわからず、誰に向けて言っているのかも曖昧で、ただ淡々と声に出すだけの日々。でも、続けているうちに、言葉が心の奥に静かに染み込んでいく瞬間が訪れました。まるで、固く閉じていた扉が少しずつ緩んでいくように。
ある日、すれ違う知らない人にふと「ありがとう」と心の中でつぶやいてみました。すると、その人の表情や歩き方が、どこか愛おしく感じられたのです。次は、道ばたの石ころにまで「ありがとう」と唱えてみる。最初は不思議な行為に思えたけれど、続けるほどに、石ころでさえもこの世界の一部として、同じ存在の仲間のように感じられていきました。
そのとき気づいたのです。
“ありがとう”は、相手のために言う言葉ではなく、自分の心をひらく鍵なのだと。
言葉を重ねるほど、世界との境界が薄くなり、すべてがひとつにつながっている感覚——ワンネス——が静かに広がっていきました。特別な光景が見えたわけではありません。ただ、風の音が優しく聞こえたり、夕焼けの色がいつもより深く感じられたり、誰かの笑顔が胸に温かく残ったり。そんな“小さな幸せ”が、以前よりもはっきりと心に触れるようになったのです。
世界は急に変わったわけではありません。 変わったのは、世界を見る“わたしの心”でした。
「ありがとう」を唱える行為は、外側の現実を変える魔法ではなく、内側の感受性を磨く祈りのようなもの。心が柔らかくなると、日常の中に散りばめられた小さな奇跡に気づけるようになります。道ばたの石ころでさえ、宇宙の一部として存在している。その事実に気づいたとき、世界はこんなにも優しかったのだと知るのです。
そして今日もまた、そっと心の中でつぶやきます。
「ありがとう」 この言葉が、あなたの世界にも静かな光を灯しますように。